保険から考える

先日、山岳保険の更新の手紙が来た。幸いにも山岳保険を使わずに済んだことを感謝しつつ、更新の手続きをします。保険は特に安全を保障するものではないが、加入しておかないと何かあった時にいろいろな人に迷惑がかかる。

日本のような進んだ国(「神経質な国」ともいう)で過ごしていると、ちょっとしたことでも大変な騒ぎになってしまう。例えば、筆者が風邪をひいて「動けないから休みます」なんて言おうもんなら、大問題になるでしょう。進んだ国というところは「風邪をひくことも許されない」とんでもないところです。

筆者は発展途上国を旅行したことがあるが、鉄道はいつ来るかわからないし、いつ着くかわからない。そのことに対し、怒り出す人もいない。(怒ったところできりがないのでしょう)

「上手くいく」ことを前提に動いている先進国。「上手くいかない」ことを前提に動いている発展途上国。どちらが幸せなのかはわからない。

保険の前提にあるのは、「万が一、上手くいかなかった時に」ということで、世の中が上手くいかないことが当たり前であれば、保険は不要とは思う。

未知なる世界

次の新しい職場は、先の話であるが決定している。詳しくは書きませんが「日本で大自然からもっとも遠い所」です。そして、山行日数もかなり減るでしょう。しかも、まったく未知なる世界へ入ります。

筆者は、こういうのもなんですが、いろいろな「未知なる世界」を渡ってきた人です。2年ちょっと前までは、山も岩も同じ「未知なる世界」でした。

そして、また新しい未知なる世界に入り、この波乱の生活はいつまで続くのかは分かりません。

当たり前?

「小学校三年から塾へ行くのは当たり前」という話を聞いたが、どこが当たり前かが分からないし、早すぎると思う。

恐らく中学受験を前提としたことであると思うが、中学受験の出題されるところは、小学校5〜6年ぐらいで勉強したところだと思うので、そこらへんで「スパート」をかければ十分に間に合う。もちろん、それまでに同学年レベルの学力は必要であるが。

その前に「何をあせっているの」と思う。もし「高学歴」を手に入れたければ、履歴書に記載するところは最終学歴だけで良いので、最終的には大学に狙いを定めればよい。もちろん、良い中学・高校に入れば、周りは勉強する人々が多いので、えてして学力は高まりやすいとは思うが。

その前に「高学歴=幸せになる」という時代ではないと思う。世の中はものすごい勢いで変わっているので、何をチョイスすれば良いのか判断できる力を養っていった方がよっぽど大事だと思う。

そのためには、判断できる材料を増やす必要があると思うが、親が狭い判断材料しかなければ、子供も狭い判断材料でしか判断できないので、親の方も日々学ぶ必要があると思う。

世界ではいろいろな人がいろいろなことをやっている。それらをよく学び、よいチョイスができることがこれから必要な能力ともいえよう。

目的をもった体作り

はっきり言って「やせるために」という理由での運動は長く続かない。目的は明確でなければ、つまらないトレーニングは続けられない。

もし「やせるため」という理由でトレーニングをするのであれば「引き締まった体を手に入れるため」という理由にした方がまだ長く続けられるでしょう。

ランニング記録 2/1-7

火曜日は雪のため、日曜日は理由も無くサボる。

月:12km
火:0km
水:10km
木:12km
金:12km
土:岩
日:0km

計:46km

2月計:46km
総計:1097km(09/9/7以降)

2/6 伊豆城山

エキスカーション(計6ピッチ, 5.10c)を登りました。

近いうちにホームページを更新しますのでご覧下さい。

やりたい仕事

毎日アホみたいに書き続けているこのブログ、今回は「やりたい仕事」。

よく「子供にやりたい仕事をやらせたい」という言葉を聞くが、大概の仕事は、仕事になった時点で「面白い」という次元ではなくなる。例えば、岩登りが好きだったとしても、そのインストラクターになると、自分だけが楽しむことができないので、いろいろな苦痛をともなうようになる。ただ、やりたくないことをしているよりはマシかもしれない。

実際「この仕事は面白くてしょうがない」という人はほとんどいないでしょう。であれば「やりたい仕事をさせる」より「やっている仕事が好きになる」ことを教える方が得策だと思う。つまり、どういう結果でその仕事になったのかはさておき、その仕事が好きになればよい。

ただ、これはとても難しい。ただ、経験的に分かっていることは「姿勢として、その仕事を避けようとしなければ、少し好きになる」ということです。つまり「めんどくさいなと思ってもとりあえずやる」みたいな姿勢でしょうか。

2/4 PUMP2

案外強くなっていない。

ボル
ハングの7級数本

ルート
5.10a:OS(でもパンプした)
5.10c(初):二便で二回目は二テン
5.10b:×

一現象では何もわからない

今回は「エセ科学」の話。

血液をフィルターに流して「血液がこんなにドロドロです、脳梗塞や心筋梗塞になりやすいです」とかやっていますが、確率としてはなんとなく脳梗塞や心筋梗塞が高くなる印象はありますが、その実験だけで「ドロドロ」がそれらを招いているかどうかは分かりません。

昔の運動部では汗も出ないぐらいまでの運動を強いて、血液はかなりドロドロになっていたと思います。しかしながら、熱中症で倒れた人はいたかと思いますが、脳梗塞や心筋梗塞で倒れた若者はほとんどいなかったと思います。・・・ということは「ドロドロ→脳梗塞や心筋梗塞」というストーリーはかなり懐疑的ではないかと思います。脳梗塞や心筋梗塞になる人は、コレステロールが高い、血圧が高い、糖尿病などを持っている人がなっており、心筋梗塞のほとんどは、前述の人が血管内皮の障害後、そこに血液の塊であるプラークができ、そこが破綻すると起こることがわかっています。つまり、心筋梗塞の原因は「血液がドロドロだから血管がつまる」ではなく「血管の障害部位に血液の塊ができ、それが血管をつまらせる」ということです。もちろん、血液をさらさらにすれば心筋梗塞の確率はさがりますし、血液がドロドロの人の多くは動脈硬化もひどいと思いますが。

あと「運動すると活性酸素が発生し老化が早くなる」とか言っていた人がいました。確かに、運動をすると活性酸素は発生します。しかし、運動をしている人は「活性酸素処理能力」が向上します。ただ、これはプラスかマイナスかは分かりません。

このように、たった一現象だけとらえて「〜である」と言い切ることはとても危険であり、それはよく検討しないで紹介することにも問題があると思います。

スポーツで何を学ぶか

息子はスイミングクラブに行っている。近所で「泳げるようになれば、辞めさせようと思う」と言っている人がいるが、そこで辞めてしまうなんてスポーツの本質をまったく知らない行動である。

そもそもスポーツで何を学ぶかというと、「目標に達するために努力をし、達成できたことに快感を得、今後自立的に努力できるようになる」ことがスポーツをする目的である。つまり、自立的に努力できるようになるまでは、スポーツを辞めさせるべきではないと思う。そして「自立して努力」ということは、スポーツに限らず、学問や仕事などでも生かすことができる。

正直、まわりを見回してスポーツをあるところまでやりこんだ人は決して多いとは言えない。子供にスポーツの効能をきちんと説明できる人がどれだけいるものでしょうか。

勘違い力

筆者が信じていることは「勘違い力」。何事も、少し勘違いして「自分は出来る」と思い込むことにより、その実力に到達するというものです。「出来ない」と思った時点で、それは永遠に出来なくなります。

昔、筆者は極めて不勉強であったのにもかかわらず「○○大学(←偏差値が高い)に合格する」と思っていました。そこで、結果は・・・見事敗退(というか「門前払い」レベル)。・・・ということで浪人生になりましたが、「極少数しか○○大学○○学部(←偏差値が高い)に合格することができない」というクラス(いわゆるハイレベルなコース)なんかに入ってしまい、入校時はいわゆる「E判定(絶対合格しない)」という散々たるもので、同級生の評価は「あいつは合格しない」でしたが、「大人しく勉強すれば合格する」と思い込んでいると、成績は伸び、合格できました。(筆者と接すれば分かると思いますが、印象は「こいつダメそう」という奴です)

他の勘違いとしては、大学院での研究ですが、誰もが「こんな下らないこと」を一人だけで研究しました。なので、自分の研究は完全なオリジナルです。でも、筆者は「他人と同じことをやって特別な発見ができるとは思えない、これは世界にない発見ができる」と勘違いしていました。実際、結果は・・・客観的評価法で同じ時期の入学者の倍以上の結果を残せました。(まだ途中ですが、ほぼ決定でしょう)

筆者は特に身体能力的には優れたところはありませんが、これからの勘違いは、忍者返しを登ったり、エベレストに登ったり、していきたいと思います。

「こんなの意味が無い」という落とし穴

動画を見ていただければ分かると思いますが、御岳ボルダーの忍者返しの二手目で苦慮しています。端から見ると「何やってんの」と思われるかもしれませんが、筆者にとってはマジです。

他人がやっていることに「こんなの意味が無い」と締めくくってしまう人がいますが、「意味がないことはやる必要はない」と言い切ってしまうと、世の中のほとんどのことは意味がないので、何もできなくなります。

子供の時に「逆上がり」で苦慮された方もいるかと思いますが、これもできる意味はありません。ですが、これが出来ないことは苦痛だったと思います。

ランニング記録 1/25-31

一月は273km+山を走れました。

月:12km
火:12km
水:12km
木:12km
金:12km
土:0km
日:山+岩

計:60km

1月計:273km
総計:1051km(09/9/7以降)

吉野家の牛丼はうまいと思う

最近は月1回も食べていないが、吉野家の牛丼はうまいと思う。

大学生時代にヨーロッパを旅行したが、ヨーロッパの食事は全般的にまずい。多少多く出すと多少おいしくなるが、日本の「ジャンクフード」の方が断然おいしいと思う。パリでラーメン屋を発見した時は、思わず「しょうゆ味」に大喜びした。日本に帰ってきて、吉野家の牛丼を食べた時は「本当にうまい」と思った。

・・・という感じに、日本にある何気ない食事が「本当にすばらしい」と思った時でした。

1/31 雲取山トレイルラン

久しぶりにまともに山に登った感じ。

標準コースタイム合計:8:50(往き5:20、帰り3:30)
登山時間:鴨沢-雲取山-鴨沢。3:32(往き1:57、山頂0:06、帰り1:29)、単独行

登山行程
1005鴨沢-1017小袖乗越-1056堂所-1128ブナ坂-1141奥多摩小屋-1202/1208雲取山-1225奥多摩小屋-1237ブナ坂-1304堂所-1330小袖乗越-1337鴨沢

1/31 御岳ボルダー

忍者返し(1級)だけ登りましたが、二手目で止まらず。

夢の世界

妻が「いいかげんディズニーランドに連れて行って欲しい」というので、観念してディズニーシーへ行く約束をしてしまった。ところが、帰ってくると動物園に話が変わっている。聞いてみると、息子がディズニーランドと振っても「動物園へ行きたい」というかららしい。息子はディズニーランドの存在も知っているが、特に行きたい所ではないらしい。

筆者の勘であるが、ディズニーランドへ行く家族の大部分は「親の率先」であると思う。悪い言い方をすると「豪華なことはいいことだ」の信仰者とも言える。ディズニーランドは「夢の世界」というが、その夢というものは「物があふれていること」「豪華なこと」「華やかなこと」であることを「夢」と定義しているようである。

筆者は「それは違う」と思う。夢というものは、何気ない日常が「夢のようにすばらしい」と気づくことが、本当の「夢の世界」である。

1/28 東村山T-WALL

結果
pecoma君製作課題登れず。

いやなことが多い?

「世の中いやなことが多い」と思っている人も多いでしょう。

これを言い換えると「自分の思うようにならないことが起こる」と同じ意味である。つまり、自分が意図していないことが起こることはすべて「いやなこと」である。

・・・であれば「自分の意図」を減らせば「いやなこと」も減る。(と思う)

喜劇と悲劇

「中島みゆき」っていますよね。歌はとても暗いが、ラジオでのパーソナリティーではとても面白い人。正直、筆者のブログの文章は「暗い」と思う。しかし、自分で言うのもなんですが、実際は暗い奴ではありません。喜劇王のチャップリンはむしろ逆で、日頃は暗い奴で、映画では面白い人であったと思われる。

誰の言葉か忘れたが「喜劇は悲劇と表裏一体」という。まったくその通りで、「本当に面白い」と思わせるためには、悲劇的なことも分からなければ、本当の意味で面白いことはできないと思う。

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